2018年1月19日金曜日

文化鍋で炊いたごはん


今はかなり収束したようですが、中国人による爆買いの目玉商品は何と言っても電気炊飯器が一番人気でした。どの人もどの人も両手に大きな炊飯器を抱えて機内に持ち込むので中国行きの飛行機に乗るのは憂鬱でした。日本製の炊飯器で米を炊けば日本の旅館や料亭で食べるようなおいしいご飯が中国に帰っても毎日食べられると思ってのことでしょう。中国では期待どおりのおいしいご飯が炊けているのでしょうか?
我が家でも長年使ってきたIH炊飯器の内釜のテフロンがすっかりはげ落ちてご飯粒がお釜にくっつくようになり、またどうもそのIH炊飯器で炊いたご飯があまりおいしくないので、思い切って高額な電気炊飯器に買い換えました。毎日のようにテレビコマーシャルをやっている大手のフラッグシップモデルです!
ところが多彩なメニューや機能をどう組み合わせてみても、また魚沼産のコシヒカリを炊いても全然おいしくないのです。炊くときに圧力がかかるので却ってご飯粒に腰がないというかベチャつくというか。メーカーは本当においしいご飯が炊けるかどうか確認しているのだろうか?と疑いたくなるような出来映え。
もうこうなったらご飯は昔のように鍋で炊くしかない。そこで厚手のアルミ製炊飯鍋を購入しました。小さく見えても8合炊きです。取扱説明書には「おいしいごはんの炊き方」の手順が簡単に記されていました。今も昔も飯炊きは「はじめチョロチョロ、中パッパ、ブツブツいうころ火を引いて、赤子泣くとも蓋とるな」の教えどおりですね。
ただ、言葉では簡単でも実際に炊いてみるといくつかコツがあります。飯炊きに強火が必要なのはほんの2、3分で、ほとんどは弱から中弱ぐらいの火加減を保つこと。沸騰したあとも強火のままではすぐ水がなくなり焦げてしまいます。私も何度か試行錯誤を重ねた結果、やっと旅館の朝ご飯のようなおいしいご飯にありつくことがかないました。

年末に漬け込んだタクアンがはやくも食べ頃を迎えました。毎年今の時期に仕込む手作り味噌で味噌汁を作り、甘い香りの炊き立てご飯にアジの干物、それに海苔、納豆、卵があればこれぞ日本の朝食の完成です。また不幸にも大地震でも来れば自慢の鍋を持参して炊き出しボランティアをお引き受けするつもりです。

2018年1月10日水曜日

平成30年

 また新しい年の始まりです。今年は平成30年、夏に誕生日がくれば私はちょうど満70歳になります。自分の年齢と平成の年号がこのようにシンクロしていたとは今までまったく気がつきませんでした。
 平成という年代を私の人生に当てはめてみると41歳から71歳に相当することになります。このように人生のいちばん充実した時期を過ごしてきた歳月が平成時代だったのに、意識としては自分は昭和の人間以外の何者でもないな、と感じます。
このように思ってしまう理由は、ものごころがついて以来学校に通い就職もして自分なりの人格がひととり整った時期が昭和だったことによるのでしょう。大正6年生まれの父は大正時代を過ごしたのはわずか10年足らずで、その後昭和時代を63年、そして平成時代も25年も生きたのにもかかわらず、本人は「大正デモクラシー時代の知識人」という自覚を終生持ち続けました。まさに「三つ子の魂百まで」の格言どおりです。
年明け早々、地元出身で日本の野球界に大きな功績を残した星野仙一さんがガンでなくなったことは国内外に大きな衝撃を与えました。生涯大活躍をした星野さんですが、やはりイメージとしては「昭和の男」そのものではないでしょうか。
こうしたことをあれこれとりとめなく考えていると、人生の節目となる幼年期、少年期、青年期、壮年期、老年期のどの年代も大切であるし意義深いものですが、決定的に重要なことは、人は幼年期と少年期をいかに豊かですぐれた環境のもとで過ごすかということだと思います。
貧困の連鎖がもたらす不幸ほど大きな不幸、不平等はありません。豊かな家に生まれついたかどうかでその後の人生が決まってしまうような社会を今のまま放置することはすべての人にとって大きな損失です。

そこで声を大にして言います。国は老齢者対策はほどほどにして、子どもが少なくとも15,6歳になるまでは家庭環境の優劣の影響を受けることなく、その後の人生の根幹をなす教育を受けられるよう全力でサポートする体制を整えるべきであると。平成30年は、今までの口先だけの少子化対策を根本的に改める最初の年にしてもらいたいものです。我々シニアは自分自身で老いの始末をつける覚悟はあります。どうぞ子どものためにお金を使ってください。

2018年1月2日火曜日

Happy new year!

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

岡山市南区妹尾にある御前神社(おんさきじんじゃ)の絵馬です。ここのおみくじは、かつては、57の韻を踏んだ格調たかいもので、心が折れそうになったときは、おみくじを引いて慰められ、励まされ、希望を与えられ、また諦めることの大切さも教えられたものです。
ところが3年ほど前からスタイルが変わり、口語調の平凡なものになってしまいました。

大きな絵馬は神職さんが毎年手書きされていてユーモラスな絵に心がなごみます。

すべての人にとって本年が健康で実り豊かな1年になるよう祈念しています。