20代の中ごろから40代ぐらいまで私はオペラに心酔していた時期がありました。特にイタリアオペラとフランスオペラが好きで歌詞を丸暗記してしまうぐらい繰り返しレコードを聴いていたものです。
ある年の3月。イタリア、ミラノ。スカラ座から有名なアーケードに向かって伸びる長い行列に私も加わりました。その夜の演目はイタリア人が大好きなプッチーニの「ラ・ボエーム」。ルドルフォを歌うのは今や伝説となってしまったあのパバロッティでした。しかも全盛期の。
行列に並んだ訳は格安の当日券を買うためです。チケットの販売が始まるまで何時間も寒空の中で震えながら待っていると当然のことながら腹も減るしトイレにも行きたくなります。1人きりでは列を離れることもままならないので私はイタリア人の若者達に声をかけました。
彼らはプッチーニの家があるトッレ・デル・ラーゴ近くの町からやってきた学生達でした。サンドロという青年はピサ大学で美学を勉強していると自己紹介してくれました。
当時、日本は高度成長経済のまっただなかで美学などという古典的な学問はもう死語同然。大学で美学など勉強してもメシの種にならないのは洋の東西を問わず同じで、美学は生活のために働かなくてもいい貴族の学問といったところです。
交代でカフェに行ったり、とめどもなくおしゃべりしているうちについに当日券売場が開き3人ともチケットを買うことができました。
「いいかい、コウジロウ、扉が開いたら何も考えず階段をひたすら駆け登るんだよ。よそ見したり立ち止まっちゃダメ」
そして我々は大理石造りの壮麗な階段を息せき切って駆け登り、スカラ座の天井桟敷に誰よりも早くたどり着きました。そこから見下ろすスカラ座のきらびやかなこと!建物の外観からは想像もできない華やかなオペラハウスでした。
この日の公演は特別なものでRAI(イタリア国営放送)がテレビ中継していました。舞台の幕が降り今度は学生達と楽屋口へ回り指揮者、カルロス・クライバーからサインをもらいました。若いころは怖いもの知らずですね。私はサンドロ達をたずねて翌年、今度は夏休みに彼らの住んでいる町、ヴィア・レッジョに出かけました。(次号に続く)