70年代になって日本映画が下火になったころフランスでは往年の日本映画の再評価がなされ、パリのシネマテック(国立映画博物館)では黒澤明や小津安二郎特集をよくやっていました。
私が原節子の代表作「東京物語」を初めて見たのもたまたま滞在していたパリのシネマテックでした。小津監督にとっても原節子にとっても代表作である「東京物語」。尾道に住んでいる老夫婦が、久しぶりに子ども達が独立して生活している東京を訪れたもののみんな生活が忙しく老親に寂しい思いをさせます。そんな中、戦死した次男の妻、紀子が義理の両親を細やかに気遣う話です。
これといった事件もなく淡々としたストーリーはヨーロッパ人の美意識を激しくくすぐり、小津安二郎への評価は絶対的なものになりました。
そして日本女性の聡明さ、つつましさ、神秘的なまでの美しさで観客を魅了したのが主演女優の原節子だったのです。ところが彼女は1962年、最後の映画に出演したあと引退し、その後半世紀以上の長い年月を世間から遠ざかって暮らし、「永遠の処女」などと呼ばれました。
同じ時代のヨーロッパの大女優、イングリッド・バーグマン(1915-1982)は名画「カサブランカ」(1942)で知らない人はいませんが、彼女は引退することなく晩年には故国スウェーデンの巨匠イングマル・ベルイマンの「秋のソナタ」で深い演技を見せました。
また、マレーネ・ディートリッヒ(1901-1992)も1979年には「ジャスト・ア・ジゴロ」で高級ホストクラブの女衒(支配人)の役を老醜を隠しもしないで演じて忘れがたい印象をスクリーンに残しました。このとき若きホスト役だったのが先日亡くなったイギリスのロックスター、デヴィッド・ボウイでした。
こうしてみると、女優の命は外見の若さ、美貌、もどかしいばかりの肢体にあるのではなく、老いてもなお内側から輝くものだと思います。原節子には引退などしないで、日本女性の高貴で美しい“老い”を見せてもらいたかったです。