親を送り、後はお迎えがくるのをゆっくり待っていればいいけっこうな年齢になりました。おまけに世界はいま病理的にも精神的にもすっかりコロナにやられて自粛ムードです。
少し前までは、引きこもりの人々に対して、がんばって社会の中へ出ていくようあの手この手で家族も行政もやっきになっていたのに、今は「ステイ・ホーム」の大合唱。この状況は引きこもりの人だけでなく、用済み、することなし年代の我々にも案外居心地がいいものです。
こういうときこそ家にこもり、人生でし忘れたことを確認するいいチャンスとばかり、学生時代にNHKラジオ第2放送でお世話になった「フランス語入門」講座のテキストを読み返すことにしました。「入門」とはいえ昔の語学講座は非常にレベルが高く、はっきり言って初学生が簡単についていけるようなものではありませんでした。だからこそ放送が終わっても、いつか読み返そうと思い、テキストは捨てることなくその後の50年以上の長きに渡って私の引っ越しに同行させ、1冊も失うことなく今も書棚に並んでいます。
さいわい今回は孤独な学生時代と違って私の目論見に賛同してくれる人がいました。中学校時代のクラスメートで大学卒業後フランスに渡り舞踏家として名をなしたKさんです。30年ぶりに帰国し今でも第一線の舞踏家として活躍する一方、カルチャー講座でフランス語を教え、非常に忙しい日々を送っている人ですが、今の自粛ムードの中ですっかり活躍の場を奪われけっこう退屈している様子なのです。そこでいっしょにフランス文学論を読んでみよう、と声をかけたら即OKになりました。
第1回目として1969年ごろ放送されたフランス語入門応用編に掲載されたフローベールの「感情教育」に関するテキストをコーヒーカップ片手に1時間ほどで読みました。
20歳のころ、同じ東京の空の下で学生生活を送っていたのにまったく出会うこともなく、社会に出てからは、私は大阪、Kさんはパリで現役時代を過ごしたことになります。それがいまや年を取り、コロナのおかげでまるで中学校時代に戻ったようにフランス文学を語っているのですから、人生もなかなか捨てたものではないな、と密かに思います。