北京オリンピックの前評判はあまりパッとしないものでした。チベットや新疆ウイグル自治区の少数民族弾圧、四川大地震、深刻な大気汚染、セキュリティチェックの異常なまでの厳しさなどどれひとつとっても中国史上最大のイベント開催に水を差すものばかり。
思うように準備が進んでいないと思われていた中国当局のなりふりかまわないやり方に対し、マスコミは一貫して批判と揶揄嘲笑をもって接してきました。
ところが2008年8月8日午後8時、開会式が始まるや否や、批判的な論調は一瞬にして絶賛の嵐に。私も感動しました。
圧倒的なスケールと芸術性の高さ。同じ人海戦術でも北朝鮮のアリラン祭のマスゲームのような不気味さはなく、”鳥の巣”の1万4千人のパフォーマー一人ひとりに個性が感じられました。そこには中国がちゃんとした方向に向かって発展している気配がありました。
中国もなかなかやるではないか!というよりもこんな度はずれたスケールのイベントは中国といえどももう二度とできないんじゃないかと思います。
民主化が進むとともに国家権力が弱まり、住民の権利意識が向上し、熱病がさめたら、不要な人間を何百万人も北京から強制退去させたり、古き良き伝統的な町並みの胡同(フートン)をいとも簡単に取り壊すことなんてできませんから。
それにしても私がこの壮大なスペクタクルを見たのはワンセグ携帯の豆粒のような画面を通してでした。どうせ大したことはなかろうとタカをくくって買い物に出かけていたのが悔やまれます。
家電業界の宣伝を素直に信じてこの際、大型画面の地デジテレビを買っておくべきでした。
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