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2008年8月11日月曜日

北京五輪開会式

 北京オリンピックの前評判はあまりパッとしないものでした。チベットや新疆ウイグル自治区の少数民族弾圧、四川大地震、深刻な大気汚染、セキュリティチェックの異常なまでの厳しさなどどれひとつとっても中国史上最大のイベント開催に水を差すものばかり。

 思うように準備が進んでいないと思われていた中国当局のなりふりかまわないやり方に対し、マスコミは一貫して批判と揶揄嘲笑をもって接してきました。

 ところが2008年8月8日午後8時、開会式が始まるや否や、批判的な論調は一瞬にして絶賛の嵐に。私も感動しました。

 圧倒的なスケールと芸術性の高さ。同じ人海戦術でも北朝鮮のアリラン祭のマスゲームのような不気味さはなく、”鳥の巣”の1万4千人のパフォーマー一人ひとりに個性が感じられました。そこには中国がちゃんとした方向に向かって発展している気配がありました。

 中国もなかなかやるではないか!というよりもこんな度はずれたスケールのイベントは中国といえどももう二度とできないんじゃないかと思います。

 民主化が進むとともに国家権力が弱まり、住民の権利意識が向上し、熱病がさめたら、不要な人間を何百万人も北京から強制退去させたり、古き良き伝統的な町並みの胡同(フートン)をいとも簡単に取り壊すことなんてできませんから。

 それにしても私がこの壮大なスペクタクルを見たのはワンセグ携帯の豆粒のような画面を通してでした。どうせ大したことはなかろうとタカをくくって買い物に出かけていたのが悔やまれます。

 家電業界の宣伝を素直に信じてこの際、大型画面の地デジテレビを買っておくべきでした。 

2008年2月5日火曜日

毒餃子事件

 今回の農薬混入餃子事件では今のところ死亡例が報告されていないのはほんとうに運がよかったとしか言いようがありません。

 連日の報道をみていて気になることがありました。繰り返される食の安全をおびやかす事件に対し、テレビ局が買い物客にインタビューすると決まって、「私たち消費者は何を信じていいのか分かりません」というお決まりのコメントが返ってきます。

 でもこれって変。「何を信じるか?」と問われれば「自分を信じる」しかないでしょう。自分の鑑識眼、経験、味覚、嗅覚、臭覚、値段とのバランスなどを総動員して。

 口に入れたとたん異臭や変な味がしたら即座に吐くこと。これは意識しなくても体がかってにやってくれます。胃の中に入っても胃が「これはダメ」と思えばちゃんともどしてくれます。逆にいえば胃が受け付けてくれたものは少々賞味期限が過ぎていようが多少品質に問題があろうが大丈夫。

 それなのに今回の毒餃子事件で被害者は2通りに別れました。「変な味がしたのでもどした人」と「変な味がしたけれど食べてしまった人」に。食べてしまった人はおそらく「これは生協で買ったから」とか「JTが輸入した食材だから安心」と思ったのでしょう。恐ろしいことです。

 この点、中国の庶民は日本人よりはるかに敏感に食の安全に対して自衛策をとっています。場末のこきたない食堂の店先でおばちゃんがせっせと餃子を作っている。でもよく見ると野菜を徹底的に洗っています。日本人の目から見ると野菜を洗剤で洗うことの方が怖いのですが・・・ 

おいしいウーロン茶も一煎目は惜しげもなく捨てます。何故と聞くと「だって茶葉についたほこりやゴミ、農薬はまず熱湯で洗い流さないといけないでしょう」。  

2007年12月25日火曜日

惻隠の情

 昔の職場の後輩K君を誘って年末に上海に行ってきました。空前の好景気に活気づく上海はクリスマス商戦で大にぎわい。夕方の混雑した地下鉄は老若男女みんなケータイに夢中で、その喧(かまびす)しいこと中国パワー炸裂です。

 そんな車内で気になる声が聞こえてきました。「ママパパマパマー、ママパパマパマー」と私の耳には聞こえたのですが、意味不明の言葉を繰り返しながら、少女が乗客ひとりひとりに声をかけ小銭を求めて巡回してきます。見ると頭髪の半分がなく両手の指にも重度の障害があり、しかもその手を差し出してきます。

 乗客の反応はというと完全無視。リアリストである中国人の国民性なのか、それともこういう物乞いにはもう慣れっこになっているのか、ともかく彼女がこの車両に入ってきてからの収穫はゼロでした。

 彼女が接近するにつれ私はどぎまぎしたのですが、同行の若者はさっとポケットから10元札を取り出して渡しました。10元といえば1日食いつなげる額です。ところが少女はお礼の言葉ひとつ言わずまた「ママパパ、、、」とつぶやきながら去っていきました。

 あとでK君に「君は小金をケチケチ貯めて今や大富豪なのは知っているけれどなかなかいいところあるじゃない」と言っておちょくってやったら、「いや、彼女はプロですよ。5メートル後ろから母親がちゃんと娘がいくら稼いだかチェックしていたのに気づきませんでした?」と情況を説明してくれました。

 一見哀れな親子にも計算づくのプロ根性があることを見抜いていながら、それでも心を動かしちゃんと10元渡してやるなんて! ”惻隠の情”が日本人から失われてしまったとお嘆きの藤原正彦先生(国家の品格)に教えてあげたい気分でした