22,3歳のころヨーロッパを1等のユーレイルパスを使って旅行しているとコンパートメントの中でみるからにリッチな初老の夫婦に出会うことがよくありました。「リタイアして年金でのんびり暮らしています」という彼らの言葉が遠い存在としてしか聞こえませんでした。でもいつのまにか我々もそんな年齢になってしまいましたね。「リッチ」とは言えなくても質素な生活をしていく分には何とか足りる年金が偶数月の15日には確実に振り込まれてくることのありがたさ!
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ここにこういう構図が成り立ちます。
元気なスーパー爺さんと彼の日常いっさいをケアする疲れ切った若年寄り。
夜中の2時ごろ、早くも目が覚めた父が母の横で寝ている私を呼びます。「こうちゃん、こうちゃん」と猫なで声で呼び始め、私が無視しているとそのうち「コウジロウ!」と威嚇調になり、それでも無視していると、死んだ伯父の名前を呼んだり、父の母の名前を呼んだり、最後は自分の奥さんの名前を呼んだり、こんな状態が1時間ぐらい続きます。なぜさっと行ってあげないの?と皆様不審に思われるのではないかと思います。虐待ではないかと。そうかもしれないのですが、24時間介護していると真夜中の覚醒にまでつきあいきれないのです。
そうこうするうちに父は私を呼ぶのをあきらめて(忘れて)しだいに独演モードに移行していきます。
暗闇の中で子供時代の楽しかったことなどを一人芝居の役者さながら迫真の演技で語り始めます。語りが30分ぐらい続いたあと、歌も挿入。
鳴いてくれるな ほろほろ鳥よ
月の比叡を ひとりゆく
(旅の夜風、映画「愛染かつら」主題曲、西条八十作詞)
https://www.youtube.com/watch?v=x2UABQsz5CY
そしてまた「こうちゃん、こうちゃん!」が始まります。私は怒り心頭! ついに起きて父の部屋に行って、「真夜中の2時に何がほろほろ鳥じゃあ! これ飲んでさっさと寝て」(ときには「もう2度と起きなくていいから」と追加することあり)病院の先生にお願いして処方してもらっているメラトニン「ロゼレム」を口の中に突っ込んで寝かせます。ロゼレムは副作用がほとんどない体内時計調整剤ですが効果は2,3時間。夜なか中ハイテンションなくせに朝は早起きで6時頃からまた「おーい、朝飯はまだか?」の連呼が始まります。
食欲が元気の秘訣ですが、これが腎不全で人工透析を受けて命を繋いでいる95歳のじいさんとは思えません。
ある日、私が外出から帰るのが遅くなり、父の夕食を作る気力がなく栄養剤やヨーグルト、お菓子などでごまかして寝させたことがあります。翌朝は普通に朝ご飯を食べさせ透析に連れていき夕方帰ってきた父に「透析中、ウンチが出たりして困らなかった?」と尋ねました。定期的に飲んでいる下剤が効きすぎて粗相をしていなかったか心配だったからです。
親父の返事はこうでした。
「昨日はウンチの原料をいただいておりませんので」