2014年7月17日木曜日

キリギリス


 
6月初め、96歳の生涯を終えた父の遺品を整理していたら父が喜寿のとき書いた詩が出てきました。ときおり父はなんとはなしに「チョンギース」とキリギリスの鳴きまねをすることがありました。父はキリギリスの美しさにポエジーを鋭く感じとっていたようです。息子の私からみてもなかなかの出来映えなのでここに全文を引用してご紹介します。


* * *

「キリギリス鳴く」(1994.8.20)

キリギリス鳴く 炎天の叢の中 みつ よつ

相手をもとめて全身を震わせ震わせ鳴く

なぜ こうも必死に鳴く?

おまえに命をくれた神へのお礼か

おまえの相手を呼ぶためか

おまえの健康で完全無欠な躰の機能と美声はすばらしいぞ

 

おまえの親はこの美しい姿を見ることはない

おまえもまたわが子の美しい姿を見ることはない

でもいいじゃないか 二寸先だ母さん生き写しの彼女がきたぞ

彼女の燃える瞳に父さんが見えてるだろが

自由に旋回する触覚 宝石のような複眼 頑丈な顎 バランスのとれた

三対の脚 後脚がいい どんなスポーツ選手もおまえのにはかないはしない。

それに緑とセピアの上着がすばらしい

 

なんとなく秋の気配がするぞ 愛する人は母さんに似とるぞ

横で鳴く彼は父さんに似とるからな

そうだ バトンタッチの朝までは

おまえたちのすばらしい遺伝子を残らずインプットしておけよ

妙なる声も忘れずにな

 

声高く鳴けよキリギリス
 
キリギリス声高く鳴けよ

 

(岡澄雄1994

* * *

父はわずか3歳のとき自分の父親を病気でなくしました。そして結婚相手に選んだ人は自分の母親によく似ていたそうです。この詩からそんな父の思いが伝わってきます。

 あわただしい葬儀が終わりふと実家の庭を見たら夏虫の季節にはまだ少し早いのに、百合の花にみごとなキリギリスが一匹とまっていました。緑とセピアの美しいキリギリスです。言い伝えどおり愛した動物がいちばんに迎えにきてくれました。

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