2018年4月30日月曜日

田園の歓び

備中国分寺近くの道の駅まで電動アシスト自転車で出かけたら大きな土佐ブンタンを売っていたので買ってみました。大きなミカンですが食べられるところはほんの少し、しかも少々パサついていました。そこで分厚い皮を砂糖で炊いてザボン漬けにしてみました。ふわふわのワタが砂糖を吸い込むとゼリー状になり、さらにグラニュー糖をまぶして屋根の上で水分をとばします。ミツバチが来ないように網やザルで防御しています。ブンタン1個でこれだけのザボン漬け(ブンタン漬け)ができます。簡単なのでブンタンやザボン漬けをもらったときはお試しを。手順はYouTubeにたくさんの動画があります。 苦味を除くために湯通しを何度もするという動画がありましたが、私は1度だけ下ゆでし、ぎゅっと絞って、同じ重さのグラニュー糖と水200cc. (ブンタン1個に対し)を加えて、焦げないように煮詰めました。適度に苦味が残った大人の味の砂糖漬けができます。

桑の木の挿し木と接ぎ木。
桜が満開のころ、大きい実がなるクワを畑に生えてきた野生のクワの木に接ぎ木しました。8本のうち成功したのは半分程度ですが、失敗のリスクを下げるために挿し木にもしました。クワは挿し木の方が簡単なようです。みずみずしい新芽が伸びはじめていますが、この段階で成功したかどうかはまだ不確定です。たぶん大丈夫と思いますが。

ミョウガの新芽がいっせいに。
夏、そうめんの薬味に重宝するミョウガです。





ヘーゼルナッツの苗木を植えました

電動自転車でフラフラと(颯爽と)備中高松までいきました。高松、足守には、最上稲荷、秀吉水攻めの高松城跡、北の政所ねねゆかりの木下家陣屋、紅葉の名所、近水園(おみずえん)など隠れた観光名所が集まっています。
さて観光案内と関係ありませんが、備中高松でふと立ち寄ったホームセンターでヘーゼルナッツの苗木が売られていたので、2種類買いました。自転車に乗せて家まで帰るのは大変でしたが無事でした。ヘーゼルナッツは大きくなってもせいぜい2メートルほどのブッシュになるだけなので家庭果樹としてとても扱いやすい植物です。実は生でもローストしても食べられるそうです。前々から欲しいと思っていたのですが、通販で取り寄せるのは面倒だなと思っていたらホームセンターにあり感激。写真では2本重なっていますが、新緑がきれいです。来年は少し収穫できると思います。カバノキの仲間の植物で葉っぱが何となくそんな感じです。

大学でイタリア語を勉強し始めたとき、名詞の例として、la nocciola, 複数形はle noccioleとテキストに書いてあり辞書を引いてみると「ハシバミ」とありました。フランスでノワゼットと呼ばれているものです。ヨーロッパの戸建ての家の庭によく植えられていて、私もいつかほしいなと思っていた果樹ですが、夢は50年ぶりにかないました。

1泊2日の松江旅行(前編)

少し前の本コラムでご紹介しましたYouTuber“スーツ”君の動画に触発されて、山陽本線庭瀬駅から新見行きの各駅停車の電車に乗ってみました。平日の昼間、けっこう混んでいた車内も総社を過ぎるころには席は閑散としてき、高梁川の清流を飽かず眺めているうちに高梁を過ぎ、まもなく終点の新見に着きました。
新見駅は伯備線、姫新線、芸備線の3線が交わる県北の交通の要衝の地ですが、伯備線以外は昼間の列車運行本数が極めて限られ、とても思いつきで利用できるようなダイヤではありません。鉄道おたくのスーツ君も新見から備後落合へ向かうのに朝イチ夜明け前の列車に見放され、新見のホテルに2連泊を余儀なくされるという悪夢のような体験を語っています。
スーツ君の場合は列車が大雨で遅れるという不運があってのことですが、私もいくらヒマとはいえ、津山行きあるいは三次行きの列車を何時間も待つだけの忍耐力はなく、結局30分後にやってきた出雲行きの特急「やくも」に乗りました。さすがは特急です。まもなく県境のトンネルを越えると川の流れが北向きになり、車窓越しに大山を見ながら米子を経由し、夕方松江に到着しました。
思い起こせば昭和37年ごろ、春休みに家族4人で松江まで1泊旅行したことがあります。両親とも小学校の教師でしたが、父は家庭のことはすべて母にまかせ、自分はスキー、登山、カメラ、バイク、近県への日帰り旅行など、何でも一人で楽しむのを常としていました。親子4人で宿泊をともなう旅行をしたのは後にも先にも松江が唯一の例外だったように記憶しています。
そのとき宿泊したホテルは公立学校共済組合直営の「むらくも荘」という宿泊所でした。ホテルのロビーにはまったく似つかわしくない「油断大敵、壁に耳あり、障子に目あり」という謎の標語が書かれたポスターが貼られていたのが妙に記憶に残っています。たぶん公安当局が配布したものでしょう。父は「ここは日本海に面した街なので外国の工作員が密入国して、情報収集など暗躍しているのだろう。それにしてもぶっそうだなあ」と語っていました。

はたして、そのときの父の想像は現実のものとなり、北朝鮮による日本人拉致事件が日本海沿岸各地で発生したのです。(続く)

島根県立美術館と宍道湖


2018年4月13日金曜日

キクイモ(菊芋)ブーム

キクイモという耳慣れない食材がテレビの健康番組で繰り返し取り上げられた結果、最近ちょっとしたキクイモブームが起きています。血糖値や中性脂肪値の上昇を抑制する効果がほかのどの野菜より桁違いに大きいらしいというのは、高い中性脂肪値に長年苦しんでいる私にとっては朗報です。
テレビで紹介された食材はキクイモに限らずすぐスーパーやデパートの商品棚から消えてしまいます。仕方なく通販サイトで見つけたかなり割高なものを購入して食べてみました。でんぷん質が少なくシャキッとした味わいで生のままでも意外においしい野菜であることに好感が持て、今ではほぼ毎日、サラダにしたり、みそ汁に入れて食べています。薬効主成分はイヌリンで食物繊維の一種ということです。
通販で入手した2キログラムのキクイモが残り少なくなったころ、供給が需要に追いついたのかデパートやスーパーでも再び見かけるようになりました。また一度は買って食べてみたもののもうひとつパッとしないと思った消費者も多かったのではないかと思います。私はその効果を確認する機会が今のところなく何とも言えませんが、単純に普段使いの野菜レパートリーに入れてもいいと思い、4月になって畑に20株ほど芋を植えてみました。4月中旬の現在、数センチの新芽がいっせいに葉を広げています。栽培は至って簡単らしく秋にはかなりの量のキクイモが収穫できそうです。
キクイモは英語ではエルサレム・アーティチョークと呼ばれていますが、これはいわゆるチョウセンアザミ(アーティチョーク)とは完全に別の野菜です。しかしどちらもキク科に属し、キク科は進化史の中ではもっとも進化、繁栄した植物で人間の役に立つ薬効栄養成分をもったさまざまな種があります。(タンポポ、カモミール、除虫菊、レタス、ヒマワリ、キキョウ、アザミ……)

20代のころイタリアで出会ったアーティチョークの不可思議な魅力のとりこになった私は種を買って帰り、家の畑で何年か栽培してみたものですが、イタリアで売られているような立派な食用花を得るのは難しいと思いました。その点雑草に近い繁殖力を秘めたキクイモは簡単に我が家の菜園に定着してくれるものと期待しています。

YouTuber「スーツ」君

 最近、ひまな時間は昼夜を問わずYouTubeを見て過ごしています。70歳を目前に、親の介護からも労働からも解放され後は健康な状態で最期を迎えられるようせいぜい自分自身の健康管理することが唯一の関心事である今の私の生活ではひまでないような時間帯はありません。つまりは一日中YouTubeを見ているといっても過言ではないのです。
 最近見つけたのは全国の鉄道をひたすら乗りまくる映像を大量にUPしている「スーツ」と名乗るYouTuberのサイトです。いつもスーツ姿で登場するからスーツ君。鉄道乗車を目的地までの移動手段としてしか考えていない常識人の私からみれば、スーツ君はそこに鉄路が敷かれている限り、繰り返し繰り返し、(私にとって)意味不明な旅に出かけます。
 「最長往復切符の旅」というのは全国のJR路線をほぼ一筆書きのように半年以上の時間をかけて走破するというけた外れの旅日記です。常時早口のナレーションが入るので、見ているうちに寝入ってしまっても夜が明けるまで、何となく自分も全国を旅している錯覚にとらわれます。
 列車に乗ること自体が目的で、目的地に効率よく到達することには二義的な意味しかないスーツ君の旅は往々にして非常に不合理な行程をたどります。東京駅から上野駅までの5分間を8千円も払って新幹線のグランクラスに乗ることもいといません。最長路線の列車に乗る旅では羽田からJALのファーストクラスで稚内まで飛び、そこから鉄道で札幌へ、すぐさま新千歳空港から伊丹に移動、続いてプロペラ機で出雲空港へ、出雲から寝台特急「サンライズ」で東京駅へ、休む間もなく東京駅から東海道新幹線のぞみ号に乗車して博多へ、長い旅はやっと終わります。

 スーツ君は鉄道旅行の話だけでなく、工業高校から推薦入試で横浜国立大学に入学した話、YouTuberとして金を稼いで自分の世界観を実現していることなどをよどみなくしゃべっていますが、そこには非常に醒めた意識で自分自身を把握している聡明な青年の姿がイヤミなく表現されていて好感がもてます。「大学には友人はいない。ぼっちで幸せ」と公言するスーツ君は、ネット社会の闇の中で孤立しているかというとその正反対で、むしろ世界とはすがすがしい連帯意識で結ばれているなという印象を私は受けました。

2018年4月4日水曜日

大実桑の接ぎ木

中学校時代の恩師は我ら教え子と一回りしか年が違わずまだまだお若い、しかしいつのまにか80歳を越えられました。もうかれこれ60年もの長いおつきあいです。先生とは数年前に我が家にある桑の木から苗を作って差し上げるという約束をしていながら、年々気になりつつも今日まで不義理のままきてしまいました。この桑は30年ほど前に手に入れた優良品種ですが今では売ってなく、自分で増やすしかありません。
昨年の梅雨のころ一度この桑の緑枝を挿し木にして、いったんはうまく活着したのに、まだ真夏の暑さが残っている時期に大きめの植木鉢に植え替えしてやったら根が切れてそのまま枯死してしまいました。そこで今年は桜や桃の花が咲くこの時期、実生(みしょう)の苗に接ぎ木することにしました。
実生とは鳥が種を運んで自然に生えた若木のことです。一般的に実生から育った果樹は桑に限らずビワでも柿でも原種に先祖帰りして親ほど品質のいいものは期待できません。そこで実生から育った苗を台木にし、そこに大きな実をつける優秀な品種を接ぎ木してやるというわけです。
接ぎ木は園芸好きな趣味人にとってやや高度なテクニックを要し、成功させるためにはいくつかのポイントがあります。接ぎ穂の採取時期と保存方法、台木と接ぎ穂の形成層を密着させる、切り口を乾燥から保護してやる等々、要するに人間で言えば臓器移植をするのと同じ細心の注意が必要です。私は自称セミプロですがそれでもいつも“うまくいかないかもしれない”という危惧が頭から離れません。自信がないのです。
別に失敗したってどうってことないし、何本か接ぎ木しておけば全滅ということはないのに、活着したことが分かるまで不安の日々です。ゴールデンウィークのころ接ぎ穂の堅い芽がやっと膨らみ、たくましい若葉を広げてきたら大成功です。いつもながらの感動の一瞬です。

活着した接ぎ穂は台木の養分をひとり占めしてぐんぐん大きくなり秋にはすっかり一人前の苗になるはずです。晩秋のころ株を掘り上げ、先生のお宅にお持ちしようと思います。桜が咲くなか、無事接ぎ木の作業を終えてほっとしています。こんな簡単なことをなぜ数年も毎年見送ってきたのか悔やまれますが、これは私の性格なのでどうにもなりません。