2020年11月30日月曜日

熊手

 近年、熊手という竹製の生活用具を使う人は多くないと思いますが、田舎暮らしでは落ち葉や刈り取った草を効率的にかき集めるのにとても重宝します。私が子どものころはたいていの町や村には「熊手屋」という家内工業的に熊手を製作販売する工房があったものです。手作りの頑丈な熊手は工芸品としてそれなりに高価な道具だったように思います。

今では荒物屋の消滅とともに、職人が手間暇かけて作った芸術品のような熊手も一緒に消えてしまいました。現在ホームセンターで売られているものは中国製の雑な商品で安価。二三度買ったことがありますが、すぐに竹製の櫛歯がへたりボロボロと柄から抜けていって使い物になりません。

ところが先日、県北の「道の駅」に立ち寄ったら、思いがけず昔なつかしい本格的な熊手が売られていました。柄は木製で重量感があり手によくなじみます。ただ櫛歯の数が8本仕立てとちょっと粗いのが気になりましたが迷わず購入。そして車を走らせていたらまた「道の駅」があり、今度は12本歯の熊手がありました。「ここで買えばよかった!」と思っても後の祭。さすがに熊手2丁は要りません。

家に帰りさっそく塀沿いの道路に散乱したツタの落ち葉をかき集めてみました。やはり8本歯は目が粗すぎて取りこぼしが出ます。12本歯のものが欲しかったなあ。トホホ。

それはともかく、竹製の熊手は欧米発祥の金属製熊手(レーキ)とは似て非なる存在で、竹の硬柔兼ね備えた素材の威力には驚かされます。畑で刈り取った草をかき集めるとき、熊手の歯が地を這う丈夫な蔓草や石ころに引っかかることがあります。そんなとき竹素材の歯はしなることにより障害物を回避し、草だけ効率よく集めてくれます。一方、レーキの金属製の歯は蔓草や石に引っかかるとどうにもなりません。障害物を柔軟に回避する能がないのです。

2020年という年はコロナに始まりコロナに終わりました。硬直したPCR検査、ステイホームとGoToキャンペーンというブレーキとアクセルの併用、国と自治体の意見相違で立ち往生しがちな対策……。新年は日本伝統の工芸品、竹製熊手のしなやかさで、その地方の医療、経済の実状にあった効果的なコロナ対策が取られることを切望します。


2020年11月17日火曜日

ヒヤッとした出来事

山陽本線庭瀬駅から県道を南に1キロほど行ったところに妹尾崎というのどかな場所があります。そこに「こんなところに?」というほどシックで瀟洒なカナダ風の外観を誇る喫茶店があります。店の名前は「ロッキーマックス」。20年前、私が両親の介護を始めたころから変わらず毎日のように出かけてはマドモアゼル(店主)が淹れてくれるおいしいコーヒーをいただいています。

お客の大半は地元の人で、その中の常連さんで、Nさんという脳梗塞からよみがえり、自宅からリハビリがてら歩いてやってくる高齢の男性がいます。ところが店の入り口は道路から少し高くなっていて石段が数段あります。私はNさんがバランスをくずして石段から転落しないかいつも心配。重そうな体格なので転んで頭でも打ったら命取りです。

そして事故は起こりました。最近喫茶店の近くにコンビニが新規開店し、オープニングセールで大勢の人が詰めかけた日のことです。いつものようにコーヒーを飲もうと店に行ったら、N老人が石段の上のドアの前にうずくまっています。両手それぞれにコンビニのレジ袋が握られ、周りには孫のためにもらったのかゴム風船3つが散乱しています。Nさんは私の姿を見て、「転んで立てないんじゃー」と助けを求めてきます。

ところがおじいさんはドアを背に身動きならない状態なので店の中の人の助けを借りることもできません。救急車を呼ぶべきか?私は一瞬ためらったものの意を決しておじいさんを抱き上げることにしました。ずしりと重い!しかしこちらも火事場の馬鹿力です。Nさんを支えて立たせることができました。長年両親の介護をした経験が思わぬところで役に立ったものです。

さいわい大事に至らず、Nさんはいつものようにコーヒーを飲んで、「あんたのおかげで助かった」と何度も私に感謝の気持ちを伝えてくれましたが、実際これから先のことが思いやられます。今回のような事故を恐れて家の中に閉じこもったら急速に運動機能を損ない、社交性を失えば認知症まっしぐら。かといってリハビリ目的でも一人で外出すれば、至るところ危険だらけ、交通事故にあう心配もあります。それから数日後、Nさんは親戚の人に連れられ元気にコーヒーを飲みにきていました。ひと安心ですが……。


2020年11月16日月曜日

思い出の修学旅行

中学校時代の思い出や写真をまとめようという企画を聞いて、久しぶりに子ども時代の写真や手紙類が無造作に、ぎっしり入っているブリキの箱をひっくり返してみました。

縦長に5人仲良く写っているのは、下から大平、中原(伸)、黒川、渡辺の諸君と私。みんないい笑顔。たぶん修学旅行先の旅館で写したものだと思います。最近出版された大平君の著書に記されている経歴を拝見したら、小学生時代にアメリカで過ごした、言わば帰国子女のはしりだったとのことでびっくり。でも中学校の英語の時間、大平君はふつうのジャパニーズ・イングリッシュをしゃべっていたような気がします。修学旅行の観光バスの車内、バスガイドが「皆さん、『幸せなら手をたたこう』の歌をご一緒に。『肩たたこう』のところは隣の人の肩をたたいて下さいね」と生徒に促します。すると隣席の大平君が「ぼく、こういうの嫌い。肩たたかないでね」と話しかけてきました。私も同感で、二人でささやかな抵抗をしたことがなぜかくっきり記憶に残っています。


もう1枚の写真は修学旅行の宿の宴会場で余興をしたときのものだと思います。岡先生もこうして当時の写真で見るとずいぶんお若かったのですね。壇上でやっていたのはいくつかのヒントを聞いてそれが何なのかを推量するゲームでした。司会役は私、藤山君は正解の「米のジュース」と書かれた紙を掲示。半分私の陰になっている女の子はシルエットがおしゃれでキュートな郡山(西平)さん。


あらためてあのときの修学旅行のことを振り返ってみると、2020年の現在でも公立中学校の大半が3泊なのに、我々は車中泊も含めて5泊ぐらいしたのではないかと思います。薄れていく記憶では正確な日程を再現することはもはやできませんが、ずいぶんリッチな旅程でした。長崎では平和公園、巨大な平和祈念像、グラバー邸を見学、そして雲仙天草国立公園を経由して熊本に渡り、熊本城と水前寺公園を散策しました。阿蘇の火口と草千里、このあたりはバスで雄大な景色を見ながら大分に入り、お猿の高崎山、別府温泉の地獄巡りなど存分に楽しんで岡山に帰りました。往復とも夜行寝台列車でしたよね?

今年の正月(2020年)だったか桝田君と岡山駅前の居酒屋で一杯やりながら、あの寝台列車の旅のことをなつかしく語りました。3段式寝台車なのに、なぜか中・上段のベッドを使用させてもらえず、その代わりに技術家庭の先生手作りのラワン板を席と席のあいだに渡して寝るという苦肉の策、あれはいったい何だったんだろう、と。実際は板などかえってじゃまで床に転がってぐっすり寝たのではなかったかと思いますが、先生方のご苦労と工夫、生徒を思うお気持ちには今でも大変感謝しています。


2020年11月11日水曜日

米大統領選、その行方

いろいろなことがあったアメリカ大統領選挙は民主党のバイデン/ハリス組が現トランプ/ペンス正副大統領を制したことを受けて、年明け1月20日にはバイデン政権が誕生するという運びになりました。

しかしながらトランプ大統領はいまだに負けを認めずありとあらゆるどんでん返しの方策を連発しています。こうしたトランプの姿勢は世界の良識派の人々のひんしゅくを買い、実際、アメリカ国境線からほど近い町に住んでいるカナダ人の従姉に言わせれば「ドラマチックだけれど、もううんざり、疲れるわ」ということのようです。日本のマスコミもバイデンの一方的な勝利宣言以降は「トランプは往生際が悪い、見苦しい」との論調が目立ちます。

複雑怪奇なアメリカの大統領選出手順がどのような結末をもたらすのか、日本の明日とも深く関わるイベントの結末を見守っていきたいと思います。私はトランプが自分の劣勢に民主党の陰謀が働いていると公言していることをむげに批判しません。むしろ簡単に往生際が悪いなどと情緒的な風潮で大切な大統領選の結果をいいかげんにしてしまうのはアメリカ合衆国の将来に長く禍根を残すことになることを心配するからです。

大統領選直後経済の分野ではニューヨーク・ダウが1日で1200ドルも高騰し、日経平均もバブル崩壊後の最高値更新という思いがけない事態が進行中です。冬が近づきコロナ感染者数が最初の流行をしのぐ勢いで日本も含め世界中で急増しているなかでの株高です。株高の直接の火付けになったのはファイザー製薬が開発していたコロナワクチンが実用レベルで有効であることが発表されたことによります。

しかし、このよろこばしいニュースもトランプさんに言わせれば「トランプ政権下で開発が進んだ手柄を民主党が奪った」とその発表の時期にバイデン側の陰謀があったのでは、と不満たらたら。もちろんバイデンならずとも民主党支持者やリベラル派の人々に言わせれば「コロナで24万人もの犠牲者を出した無為無策のトランプがよく言うよ」ということになるでしょう。

この先、株高もコロナも世界情勢もどこへ行き着くのか、大統領選の結末同様、断定的なことは誰にも分かりません。万事いい結果になることを祈るばかりです。

2020年11月5日木曜日

晩秋の大阪日帰り旅行

 アメリカ大統領選の開票がもめにもめている最中に、2月以来9か月ぶりに大阪まで日帰りで出かけました。コロナが再び増加に転じるなか大都市に行くのは正直怖かったのですが、あまりにも長いあいだ岡山という安全地帯に閉じこもっていては息が詰まるという思いもあって、大した用事もないのにとにかく大阪に行ってくること自体を目的に出かけてみました。

久しぶりに乗った新幹線のぞみ号で小さな変化に気づきました。今までは英語のアナウンスは女性の声の録音が流されているだけでしたが、今回初めて肉声による英語アナウンスを聞きました。乗車したのぞみが福山と岡山の間で減速したので、岡山駅を3分遅れで発車したことをお詫びする、という突発的な内容のアナウンス、それを日本語に続いて英語で男性車掌さんが流暢にしゃべったので、これは録音ではないなと思った次第です(それとももっと高度な英語自動アナウンス生成システムを導入したのかもしれない)。

新大阪駅で地下鉄御堂筋線に乗り換えのですが、平日の昼間とはいえ車内ががら空きだったのは驚きでした。心斎橋で電車を降りて道頓堀まで歩いてみて街に人が少ないのにはびっくり。立ち並ぶブランドショップにお客の人影はなく歩道からでも所在なげに立ちつくす店員の姿がよく見えます。ここ数年のミナミは歩道の上はもちろんあらゆる種類の店は面的、立体的に人であふれかえり、身動きならなかったというのに……。

せっかく大阪まで来たので、昔の職場の後輩君を呼び出して、いつもの千日前・丸福珈琲店で落ち合いました。丸福は昭和9年創業の、大阪を代表する老舗カフェで、ここにはなにわの雰囲気が10年1日のごとくいまだ色濃く残っています。赤や青の派手なジャケットを着た老人がひとり競馬新聞なんかを読みふけっているところなど何やらパリのカフェを彷彿とさせるものがあり、こういう景色だけはいつまでも変わってほしくないものです。

結局大阪では丸福で濃いブレンドコーヒーを2杯飲んだだけで友人とは人気のなくなった黒門市場を散策して分かれました。友人は安倍元総理を苦しめた潰瘍性大腸炎で腸が詰まり食事ができない状態がもう3日も続き食事どころではないのに、本人はもう慣れっこのようす。見るからに痛々しいのですが治療方法がない故の難病人生です。コロナが終わったらまたヨーロッパかタイに遊びに行こう、とあまり現実感のない約束をして新大阪駅へ向かいました。



2020年11月1日日曜日

嫌な英語表現

   久しぶりにカナダの従姉からメールが届きました。トピックのひとつに愛犬のコビーが死んで悲しい、というのがあり、時を同じくして、こちらでもマドモアゼルの喫茶店の看板ネコが同じころ死んで、マドモアゼルを手伝ってグレちゃんを懇ろに葬ってやったところです。

従姉の愛犬コビーは安楽死させられたようで、英文では、Last Wednesday we had to put our dog Kobi down. She had been struggling for over a month. It has been sad and we miss her.
となっていました。飼い犬などの安楽死は put one's dog down と表現するそうですが、文字通りに解釈すれば「潰す」というイメージです。昔は日本の農家では、「今日は鳥スキするから、1羽潰してきて」と夫婦で会話していたものです。また、日大アメフト選手危険タックルのコーチが「関学のxxを潰してこい」などと命令していたときの「潰す」がこの put down の語感でしょう。
私ならギリシャ語由来の、和英辞典に載っている Euthanize を使うと思いますが、これはもしかして人間にしか使わないのかもしれません。ペットは家畜なので、擬人化して安楽死させるのではなく、潰すのが英語圏の発想なのでしょう。

小学生のとき、私が生まれたときから家にいたクロという黒犬がフィラリアで苦しみ次第に腹水がたまりどうにもならなくなりました。ついに父が安楽死を決断し獣医に連絡を取りました。ところがその日はクロの体調が少しよくて、私は父に泣いて取りすがり、安楽死させるなと抗議。でも獣医はやってきて塩化カリウムを注射しまもなくクロは死にました。とても悲しい事件でした。とてもじゃないけど、英語のように「フィラリアは不治の病なので可哀想だけどツブしましょう」なんて言えないです!

ペットを飼うと最後はこういうつらい別れが必ずくるのに、ネコは「ここは与しやすし」とかぎ分けた家に上手に入ってきますね。

元気なころのグレちゃん