2010年11月25日木曜日
カラスの「おカツ」
例年年が明けて県北の里山が雪に覆われるころカラスが県南に移動してきます。ちょうどそのころ渋柿の渋が抜けて甘くなるのをカラスはよく知っています。ところが今年はまだ11月というのにカラスがどこからともなく集まって我が家の近くでもやかましく騒いでいます。村里に出てくるクマ同様山ではエサが不足しているのでしょう。
いつお迎えがきてもおかしくない高齢の両親の介護をしている私にとって家の周りにヒッチコックの「鳥」のようにカラスが集まっているのを見るのは心穏やかではありません。石を投げるふりをしておどしてもそんなものは最初からバカにして逃げるそぶりもみせません。
私がまだ小学校に行くかどうかというころ家でカラスを飼っていたことがあります。カラスの子が洗濯竿に止まっていたのを父が餌付けしたのです。父は「おカツ」という名前を付けました。川で釣ってきたフナやハエをおカツにやるとおカツはすぐには全部を食べないで土に穴を掘って上手に隠していました。
父が逃げないように片足をひもでくくってみたのですがひもを解くなど朝飯前。そこで結び方を変えてくちばしで引っ張ると余計ひもが締まるようにしてもそんな人間の小細工などすぐに見破ってちゃんと解いてしまうのにはすっかり感心しました。
昼間おカツは近所で遊んでいたようです。ある日同じ村内の人から苦情がきました。「うちには病人がいて病状も思わしくないのに朝っぱらからお宅のカラスがやってきて軒先でカァカァ啼く。まったく縁起でもない」。ほどなくその家から葬式が出たところを見るとカラスにはやはり予知能力があると思います。
成長して手に負えなくなったのか近所の苦情のせいか父はおカツを自然に返すことにしました。おカツを自転車に乗せて3キロほど離れた林の中で放鳥しやれやれと思って家に帰ったらおカツの方が先に帰っていて家じゅう大笑いになりました。その後おカツが家にずっといた記憶もないので結局は野生に戻っていったのでしょう。
93歳になった父は今でもおカツのことを思い出しては「カラスはかわいい」と言いつつも「いったん人の臭いが身についたカラスは仲間外れにされる、おカツは無事野生に戻ったかどうか」と心配しています。
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4 件のコメント:
子供のころ、自転車で家々を回る研ぎ屋のおじさんがいました。ハサミや包丁を研ぐ仕事です。このおじさんはいつもカラスを連れて仕事をしていました。自転車のハンドルあたりに止まり木を取り付けカラスはたしか鎖で足を繋がれていたように思います。
うちの犬がなくなってから、カラスもネコも
我が物顔で畑を歩いたり、なにかを突っついたりしています。
小さいころ、近くに長屋があり、鋳掛屋の夫婦が住んでいました。そのリヤカーにはカラスは止まっていませんでした。「おカツ」は
幸でだったかも?
F.M
追伸
「し」と「だ」を打ちまちがえました。
300回に乾杯。イタリア・ラストラン
予約完了。はたして、カラスは不吉な 鳥なのでしょうか? 芭蕉も一茶もから すを読んいるらしいです。
犬の散歩にでかけたときです。なにか 気配を感じ、犬が動きません。目の前の
大木にカラス巣があったのです。
その時、子烏が巣にいて、犬が接近。
親烏がその周囲を舞っていたのかも。
F.M
うちの犬がいなくなってから、カラスもネコも畑で我が物顔、なにかを突っついたり、ゆうゆうと畝のあいだを通りぬけて往きます。からすは不吉な鳥なのでしょうか。からすの歌ばかりをさがしだしたサイトがありました。あたりまえのことながら、そう考えるのは私たちの心一般のことなので、芭蕉も一茶もそうとらえていないようです。
「おカツ」の物語、ユーモアがあって300回の区切りにふさわしい話でした。
F. M.
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