2021年5月12日水曜日

反骨の老女医U先生

 行きつけの喫茶店で幼なじみとよもやま話をするのがほぼお決まりの日課になってもう20年近い歳月が流れました。年寄りが集まれば体の不具合の披露合戦になるのが常、近くの病院や診療所の評判やうわさ話のオンパレードです。コロナ騒動以前のことですが、そんなおしゃべりの中で近場の診療所の女医U先生のことに話が及びました。もう80に近いお年だと思います。

「U先生はとても優しく親身になって診てくれるので子育ての間中ずっとお世話になりました」と友人の奥さんがおっしゃいます。続けて、「だけどU先生はどんな種類であれワクチンは打ってくれないので、さすがにこのごろはよその診療所に行くことにしているのよ」と。

この話を聞いて私は思わず笑ってしまいました。U先生とは直接の面識はないのですが、実はU先生が小学校6年生のとき私の父がクラス担任をしていて、夕食のときなどに「Uちゃんは本当に聡明な子だ」とよく話題にしていました。Uさんのお父さんは芸術家肌のちょっと変わった人でときおり我が家を訪ねてきては長居するのが子ども心に私の不満でした。お客様がいる間はじっとしているよう母に言われてもそこは子どものこと、私がちょっとはしゃいだりすると、Uおじさんの雷が落ちます。「畳の上をジタバタするねえ(ドタバタするな)、ほこりが立たあ!」と。

6年生のUさんは才女にふさわしく名門中学、高校へと進学し、地元の医大に行って女医になったことは私の父の自慢でもありました。その後はUさん一家との交流もないまま50年もの歳月が流れ、Uおじさん自らが設計した瀟洒なレンガ造りのご自宅も今は廃墟になったまま町中にたたずんでいます。私はU先生の診療所の存在は知ってはいるものの直接お目にかかったことはありません。

ところが5月10日から新型コロナウイルスワクチン接種の予約受付が岡山市でも高齢者を対象に始まり、久しぶりにU先生のことが思い出されました。ワクチンに懐疑的な姿勢を貫いてこられた先生の診療所は接種可能な医療機関のリストに載っているのかなと目を凝らしても見当たりません。反骨の老女医の意地が透けて見えます。私もワクチン予約フィーバーを横に見つつ、何も大急ぎでワクチン接種などしなくてもいいだろうとのんびり構えています。


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