2020年8月21日金曜日

石鎚山登山下見

昨日(木曜日)は西日本最高峰(1982m)の石鎚山登山の下見に出かけました。先日通ったばかりの伊予西条のdeja-vu感濃厚な山道を石鎚山ロープウェイの案内標識を頼りに車を走らせていくと簡単に到着しました。
車は京屋という昭和30年代ぽい旅館に預けました。中国人アルバイトのおじさんに1日預り料の500円を払い、目の前のロープウェイ駅へ。
ところが駅までのわずか30段ほどの坂を登るだけで心臓がバクバクし、失神しそうに。今の運動不足と過体重では山登りは命取りになる予感がします。
ロープウェイは往復2000円。7分くらいで標高差800メートルを一気に登ります。1968年から営業しているそうですが、ロープウェイの施設って50年ももつんですね! それはともかく、上の駅に着いてみると濃い霧がかかり何も見えません!空気が薄い分、本当にしんどい。それでも最近の経験から歩き始めたら何とかなるので、とにかくスキー場のリフト乗り場まで行きました。リフトを使って成就社まで行けばそこが本格的な石鎚山登山の起点だそうです。そうではあるのですが、五里霧中ではリフトに乗っても景色は見えそうもなく、下見はここで終了、下りのロープウェイで降りました。
駐車場に帰ったら中国人おじさんがニコニコと、温泉に入っていったらどうか、タダなので、と声をかけてくれました。せっかくのお言葉ながら、昭和のあまりにも老朽化した建物に恐れをなして辞退したのですが、あとでクチコミをみたらなかなかいいお湯らしいです。
今回は下見の下見で終わりました。でも石鎚山ロープウェイルートの概要が分かったのはよかったです。秋になって空気が澄んできたらまた行ってみたい山でした。


2020年8月19日水曜日

コロナ禍以来の遠出記録

コロナ以来外国に行けなくなり、その反動で国内、しかも西日本の各地によく出かけました。
自分のメモとして時系列で記憶を確かめることにします。7月、8月は一日を置かず出かけているみたいです。

2/17-2/22 ハワイ、カナダの従兄弟たちと合流。まだアメリカではコロナは流行していなかったので滞在中全然問題なし。

4/14-4/16 高知県足摺岬、四万十市、宿毛泊 宿毛では感染者が発生していた。

5/5 日帰り、高梁市成羽 夫婦岩

5/17 松江まで日帰り。足立美術館2年間有効パスポート購入

7/3 日帰り 広島県呉市 潜水艦目撃

7/10 真庭市北房ドライブ

7/11 日帰り 福山

7/12 日帰り 那岐山 山の家

7/18 日帰り 山口県周防大島、ハワイ移民資料館、田布施訪問。伊藤博文生家。

7/23-7/24 松江、島根県立美術館で年間パスポート購入。足立美術館

7/28-7/29 福岡県、大分県ドライブ。中津東横イン泊。

8/4-8/5 高知県宿毛市泊、四万十川源流を訪ねる。

8/9 日帰りで徳島県剣山へ。駐車場が満杯だったので剣山に登るのはあきらめ、かずら橋、雲辺寺へ。

8/10 上斎原、那岐山までドライブ

8/15-8/16 島根県三瓶山登山、出雲大社参拝。松江、東横イン泊、16日 足立美術館、 蒜山高原、上蒜山登山道入り口まで。熊やマムシがいるとのことで登山中止。

8/20  愛媛県石鎚山ロープウェイで往復。成就駅(山頂駅)は霧に包まれ視界不良。リフトのおじさんと少し話して下りロープウェイへ。標高が高いせいか少し歩くだけで胸が苦しくなる。




ブログ再開しました

Googleが提供しているブログのプラットフォームが変更され、私の利用環境との相性が悪く四苦八苦していましたが、元のスタイルに戻すことができましたので、今までのように続けたいと思います。
Googleがいつまで旧システムを維持するかどうかよく分かりませんが、とりあえず復旧です。

四万十川

岡山市に住んでいると中四国のあらゆる観光地まで最低1泊で十分楽しい旅行ができます。私の旅のスタイルは宿泊所以外は何も決めないで出かけるもの。中四国のどこへ行こうと会うべき知人はいないし何かに拘束されるということもありません。しかし何度もこうした小旅行を繰り返していると、このごろ自分なりの好みがはっきりしてきました。
 いろんなところへ出かけているつもりでも結局毎度同じ場所に宿を取っています。四国では高知と愛媛が特にお気に入りで、先日も四万十川を源流まで遡るドライブをしてきました。行きは高知自動車道経由で一気に四国西南端にある宿毛まで行き、定宿にしているビジネスホテル泊、翌日は四万十市河口部から源流への旅を開始しました。
四万十市は旧・中村市で四万十川が土佐湾にそそぐ町ですが、私は今でも中村市の方がピンときます。その上ややこしいことに、四万十“市”近くには四万十“町”という自治体が同じ国道56号線沿いにあり紛らわしいことこのうえありません。四万十川の河口にある町が四万十市、源流に位置するのが四万十町なのでともに清流のイメージの「四万十」を市町名に冠したのでしょう。
私の拙い文章では四万十川の不可思議をうまく説明できないのですが、国道56号線が走る四万十市から川沿いにひたすら上流を目指して車を走らせると、川は内陸の山岳部へと遡って行くと見せかけて、いつのまにかまた56号線沿い、海辺の四万十町に出ます!まるで狐に化かされたような気分になるのがこの川のユニークな流域配置の妙です。
それはともかく、四国はどこをドライブしていて道に迷っても、迷わされても過度な心配は要りません。どっちみち海岸線沿いに四国を一周している国道に出ます。徳島から高松・松山へは国道11号線、松山から海沿いに高知へは56号線、高知から徳島へは55号線がぐるっと取り囲み、さらにそれに対応した高速道路が完成に近づきつつあります。

道路の整備によって国道沿いの風景は四国に限らず全国どこも同じコンビニ、同じチェーン店の繰り返しですが、ガソリン価格だけは違いがありますね。高知ではレギュラーガソリンが145円前後でびっくり。満タンにはできませんでした。岡山まで帰ってほっとしました。(旅行日は8月4日)


2020年8月18日火曜日

三瓶山プチ登山

お盆の終わりの休日、連日の猛暑を避けるために島根県の三瓶山(さんべさん)までドライブしました。現地に行って気付いたのですが、うれしいことにスキーリフトが夏場も運転しているではありませんか!さっそく往復切符を買ってリフトに乗りました。昔スキーによく行っていたころのリフトは順番待ちの長い行列ができていたものですが、今は夏、しかもコロナの夏でお客はわずかです。
リフトの上から振り返ってみると駐車場がみるみる小さくなって、気分は最高です。リフトの終点には登山道の案内板があり、「()三瓶(さんべ)頂上まで20分」という文字が私を誘ってきます。山登りなどもう何十年もしていないので20分といえども足が耐えられるのか不安。でもせっかくここまで来たのだから、ひざが痛くなるまでできるだけがんばってみようという気になりました。
果たして、10メートルほど山道を登っただけで心臓はバクバク、息をするのも苦しく酸欠状態に。でも立ち止まってブナの大木の木肌をなでていたら木の精霊が乗り移ってきたのか、少し元気を回復。こうしてつづら折りの道をたどっていると、ときおり下山者とすれ違います。小学生などはカエルの子のようにぴょんぴょん降りてきます。私も子どものころは体が重力の支配をこんなにも受けているなんて想像もしていませんでした。
そうこうしているうちに標高957メートルの女三瓶山頂上に到着しました。リフトに乗り、残りわずかな距離を歩いただけなのに今の私にとっては大した一歩だとうれしくなりました。女三瓶山頂上からは日本海の海岸と出雲方面が遠望でき、吹き抜けていく風は山岳特有のさわやかな涼風でした。すぐ近くには最高峰の男三瓶山(1126m)の勇姿が見えます。さきほどまでの心臓バクバク、足ガクガクもすっかり忘れ、次回は男三瓶山まで往復するぞ!とすっかり調子づいている私でした。
下りもリフトを利用して駐車場まで戻りました。後で膝にくるのではないかと心配していたのですが、どうやら大丈夫だったようです。世間ではよく、山登りは上りより下りの方が足を痛める、と言われています。しかし私は体重過多と脚力の低下もあって上りはリフトやケーブルカーに助けてもらい、下りを自分の足で歩くのが性に合っています。


2020年7月27日月曜日

DIY鳩避けネットの設置

空き家同然になっているマンションのベランダがここ数年鳩の格好の住処になっていました。鳩のカップルはエアコン室外機2台と壁の隙間にマイホームを作り、年2回ぐらい子育てをしています。鳩にも生きる権利があるので、私自身はなるべく気にしないようにしてきたのですが、私の部屋直下に専用駐車スペースがある住人から何度か強い調子のクレームを頂きました。車のボンネットに糞が落ちるので対策しろと。
苦情というものは言う方も勇気と覚悟が要るものですが、言われたら言われたで、(言う人の気持ちも分からないではないけれど)、「コンチクショウ!」と思うものです。しかも敵は直接文句を言うだけでは飽きたらず管理会社を巻き込んで圧力をかけてきます。「仕方ない、何とかしよう」。最初は手すりの上にテグスを張り、室外機の上にはプラスチック製の剣山を置いてみました。しかしこれらの効果はまことに限定的で、頭のいい鳩にはほとんど効き目がありません。
やはりベランダ全体を覆うネットを設置するしかない、と覚悟を決め23業者の話を聞いてみたら最低でも数万円かかるとのことでした。それに業者に来てもらうためには家の片づけも大変なので、結局自分でネットを取り付けることにしました。DIYDo-it-yourselfです。
「止めとけ、落ちる!」というのが友人たちの忠告でした。実際、ベランダの手すりとほぼ同じ高さの脚立に乗らないと上の階のベランダ天井に手が届きません。3階と言えども脚立の上に立つと頭はクラクラ。おまけにベランダの床は排水のために微妙に傾斜していて脚立は常にぐらつきます。それでも50センチ置きにネット取り付け用のフックを接着剤で固定していき、後日また脚立に登ってネットを掛けました。
少々たるんでいるけれどなかなかいい感じに仕上がり、それまでどうしても鳩の知恵に勝てなかった闘いについに勝利しました。今までチャチな対策をしては鳩と目が合い、鳩が苦労して作った巣を撤去するたびに鳩の恨みを買ってきた罪悪感から私自身が解放されたのが一番の収穫です。
かかった費用は材料費のみで、総計1万円以下でした。但しこれは皆様にはお薦めできません。私のようにベランダから落ちて人生が終わっても悔いのない人なら別ですが。

2020年7月17日金曜日

迷走GoToトラベル

GoToトラベルキャンペーン直前になって、東京在住者(出発、目的地?)は除外、またウイルスを撒き散らすであろう若者と重症化しやすい年寄りも対象外とか。すでに旅行代金を支払い済みでキャンセル料がかかる人にとって、今になって旅行を取り止める場合、キャンセル料の免除措置はあるのでしょうか?

そもそも「コロナが収束した後に実施」の前提を無視してキャンペーンをごり押しすることの無謀さには呆れてしまいます。(実は老人である自分もホテル代軽減を狙っていました(^^;)

2020年7月15日水曜日

訳の分からないGo to キャンペーンよりも消費税、ガソリン税減税を

7月になって新型コロナウイルス感染症の第2波が首都圏を中心に第1波をしのぐ勢いで拡大しています。岡山県でもぽつぽつ新規感染例が報告され、この病気はなかなか一筋縄ではいかないしぶとさを見せつけています。そんな状況のなか政府は“Go to キャンペーン”なるものを都道府県の反対にも関わらず繰り広げようとしています。
伝えられるところによると、Go to キャンペーンには、Go to Travel キャンペーン、Go to EatGo to EventGo to 商店街の4種類があるとか。今また4月、5月の悪夢が再来しつつあるこのタイミングで、「観光旅行に出かけろ、はでに飲み食いしろ、お祭り騒ぎをし、商店街を練り歩け」というのですから驚きです。しかも最大半額は国民から巻き上げた税金で補填してあげますという途方もない政策。
お金の使い道がナンセンスなだけでなく、ネーミングがこれまた和洋折衷なうえ、“campaign”の綴りが難しいためかカタカナ表記という、いかにも頭のいいお役人様が(彼らがバカにしている)国民の受け狙いで、無い知恵をしぼったとしか思えないお寒いものです。
いったい日本はどうなったのでしょう?コロナ対策だけに限っても日本のやり方は一流先進国のそれではありませんでした。極端に少ないPCR検査、ちまたにあふれるようになってから配られたアベノマスク、気が遠くなるほど時間がかかった10万円一律支給。こうした国の政策に翻弄された一番の被害者は国民であることは言うまでもなく、医療現場や国の下請けで忙殺された自治体の職員の方々も相当ダメージを受けたことと思います。
政府が緊急にやるべきことは、「歌え、踊れ、遊べ、何度でも、心ゆくまで!」と号令をかけることではなく、一時的でも消費税を下げる(あるいは停止する)こと、ガソリン税のうち“暫定”と言いながら1974年以来(ほんのわずかな期間を除き)取り続けている暫定税率25.1円を廃止することではないかと思います。こうすれば消費はゆっくりと、しかし確実に回復し、国民は気が向いたらちょっと遠出して、温泉にでも浸かり、おいしいものを食べ、コロナ疲れを癒そうという気分に、自然になれると信じます。

2020年7月8日水曜日

マグカップ

実家の庭がいつのまにかドクダミに占拠されてしまいました。ドクダミのにおいが強烈過ぎるためか、かれんな白い花をつけるドクダミを愛でる人は少ないようです。そんなドクダミの姿を終生変わることなく焼き物のモチーフに描いた女流陶芸作家が牛窓にいました。
東海林由紀さん。1968年の4月、早稲田の教育心理学教室に入ったとき以来の長い交流でした。40数名のクラスメートのなかでひときわ聡明で芯の強い女性でした。卒業後は私は大阪で就職し、彼女は心理学とはおよそ縁のない陶芸の修行を始めました。そして、どのような縁があったのか岡山出身の陶芸家と結婚し、牛窓に工房を持ち、「青空」という喫茶店の経営と陶芸家の生活を両立させてきました。
私が大阪での仕事を辞めて両親の介護のために2001年に岡山に帰ってから数年の間、彼女が淹れるコーヒーを求めて本当によく牛窓まで車を走らせたものです。ある時、陶芸家としての彼女に、マグカップを作ってくれるよう依頼したことがあります。若いころオーストラリアのタスマニア島で見かけて買ったお気に入りのマグカップが壊れてしまい、東海林さんに壊れたカップを渡し、「こんな感じのものを作って」とお願いしたのです。
それから23年後、彼女は生まれ故郷の岩手県一関に引っ越してしまいました。そして東北大震災の前年、ドクダミの白い花が咲く頃、突然の彼女の訃報を聞きました。そして10年の歳月が流れました。依頼したままのマグカップのこともすっかり忘れてしまいました。
ところが今年も庭のドクダミの白い花が咲く頃、「青空」の店舗を引き継いだ「てれやカフェ」に行ったところ、マスターから「マグカップを預かっています」と言われてびっくりしました。牛窓在住の東海林さんの陶器の愛好家がドクダミのデザインが施されたマグカップを店を通じて私にくださったのです。驚きです。東海林さんは私がデザインを依頼したマグカップを一関に帰るまえのあわただしい時期に作ってくれていたことを知って感無量でした。

学友にして生涯の友人だった由紀さんが逝ってちょうど10年。たっぷりコーヒーをそそげる清楚なマグカップはついに私の元に届きました。不思議な縁があるものです。