2022年12月26日月曜日

2022年を振り返って

今年も残り少なくなった今日このごろ1年を振り返ってみるといろいろ感慨深いものがあります。ウクライナ戦争はウクライナの善戦が伝えられているものの戦線がぶつかり合う現地に住んでいる人々にとっては、地獄の日々に違いありません。

日本は幸いなことに太平洋戦争を最後に70数年平和と繁栄を享受してきましたが、ここにきて東シナ海がずいぶんきな臭くなってきました。また経済的にもいつのまにか先頭グループから置いてきぼりをくらっているような情けない状況です。

コロナに関しては欧米でもアジアの多くの国々でももはや何の規制もない以前の状態に戻っているのに対し、中国のゼロコロナ政策の異様さは際だっています。日本ははっきりした政策を欠き、欧米とも中国とも違うあいまい戦術でコロナに対処しているところがいかにも日本的だと感じます。

大事件もありました。安倍元総理が夏の参院選の応援演説をしている最中に背後から手製の銃で暗殺されるというショッキングな出来事。この件は旧統一教会問題という予期せぬ事態を露呈させました。

イギリスのエリザベス女王の急逝にも驚かされました。世界史上最長の在位を誇った君主かと思っていたのですが、調べてみると第1位はフランスのルイ14世で72年と110日、第2位のエリザベス2世女王陛下は70年と127日だそうです。こうした神話級の記録が破られることはもはやないでしょう。

個人的な出来事としては、おおむね健康に恵まれた1年だったものの、11月に受けた歯茎の手術で頬がパンパンに腫れたのには本当に参りました。友人に腫れた顔の写真を見せたら“通天閣のビリケンさんそっくり、拝んだら御利益がありそうなくらい!”とまで言われました。

来年は久しぶりにカナダの親戚の子たちが桜の咲くころ日本に来るというので私も通訳として彼らに同行し京都や山陰の春を楽しみたいと思います。桜が咲き花見ができるのは何と平凡で幸せなことかと思います。

(お詫びと訂正)

本誌117日号に掲載した当コラム中において「甲本種苗店」と記しましたが、正しくは「こうもと種苗店」(代表者名:河本勝吉)でした。ご指摘いただいた読者の方には心より御礼申し上げます。

伯母の戒め

 小学生のころの夏休み、母に連れられて東京見物に出かけたことがあります。渋谷の道玄坂でビジネス旅館を経営していた伯母はしっかり者で世知に長け、母にとっては姉というより母親的な存在でした。文学少女がそのまま大人になったような母とはあらゆる面で気性も経済感覚も異なっていました。
 渋谷にも大きなデパートがあるのに、伯母は地下鉄銀座線に乗ってわざわざ三越本店まで買い物に出かけていました。もともと新潟生まれの伯母にとって呉服店「越後屋」が発展してできた三越には古里のにおいがあったのかもしれません。東京滞在の三日目ぐらいだったか伯母がその日本橋三越に連れていってくれました。「好きなもの、何でも買っていいから」と。
 私は遠慮がちな田舎の子どもだったし、当時の天満屋でさえ巨大なデパートに思えていたのに三越本店の偉容にはすっかり怖じ気づいたものです。伯母がこれはどうか、あれはどうか?と催促してきても私は「要らない」を連発。リッチな大人のためのデパートに子ども向き商品はそれほどなかったような気もします。それでもせっかくの伯母の好意を無下(むげ)にするのも悪いので、東京タワーの模型を買ってもらいました。
 ところが……。楽しかった数日間の東京旅行を終えて岡山に帰った日の夜のこと、ふと両親の寝室から母の嗚咽(おえつ)の声が聞こえてきました。母は父に取りすがって「東京で姉さんに酷いことを言われた、悔しい」と泣いているのです。
 後に何を言われたのか母が語ってくれたのはこうでした。「あんたたち夫婦は子育てを間違っている。つましい教員なんかやっていて子どもに倹約を強いているのだろう。そのせいで子どもがいじけているではないか。何を買ってやると言っても『要らない』の一点張りだった……」
 私は母に対し申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。なぜほどほどに値の張るおもちゃとか洋服でもねだって、伯母さんの自尊心をくすぐってあげなかったのか、大失敗でした。
“三つ子の魂百まで”、今でもデパートは食料品売場以外は苦手です。それでも伯母に似ていて上京したら用はなくても新宿の伊勢丹に寄ります。もっとも伯母に言わせれば「伊勢丹なんか……」でしょうが。 

インプラントその後

インプラントの人工歯根を埋め込むための手術を大学病院の口腔外科で受けてきました。私の場合、人工歯根を支えるだけの骨の厚みが不足していたので、人工骨で歯槽骨をかさ上げし、そこに人工歯根を埋入するというかなり大がかりな手術でした。

所要時間はたっぷり2時間。麻酔を打ちその後は口を大きく開けたままにしておくのですが、助手をつとめるシニア・レジデントの学生さんが金具で頬をずうっと引っ張り続けます。歯茎を切開する痛みは麻酔で消されているのに対し、頬に金具が当たる痛みは相当のもの。「頬が痛いのですが……」と申し出たら、先生は何と頬に麻酔をチュチュッと打たれるではありませんか!「こんな対処の仕方もありなの!?」

歯科の診療台の周囲には手術を担当している教授のほかにインプラント科の教授、レジデントや学生さんが34人見学しています。ガリガリガリと歯茎の中の骨が削られる音を聞きながら、ふと困った感覚が、最初は遠雷のように、そして次の瞬間にはすぐそこまで迫ってきました。トイレです。

「すみません、トイレに行かせてください」-「あとどのくらいがまんできますか?」

「漏れそうです」-「じゃあトイレに行ったらすぐ帰ってきてくださいね」

衆人環視の中でこういう会話をするのはなかなか非日常感が伴いますが、自然の要求には抵抗できません。白内障の手術では紙おむつをはかされるそうで、それに比べればまだマシ、トイレに行くくらいどうということはないとも言えます。

人工歯根の埋め込み作業も終わり、口腔外科の先生は額に汗を光らせながら30針とも40針とも数え切れないぐらい傷口を縫っていかれます。耐え難い時間。その日は病院に1泊して翌日帰宅しました。しかし本当の地獄はむしろ退院してから23日後に訪れました。頬の腫れが尋常ではないのです。

目も開かないほどの腫れが術後1週間も居座り、いやはや。インプラントのメリットは絶大ですが、難しい部位へのインプラントは歯科医師と十分話しあって、決して無理をしてまで強行すべきではないと思いました。後は人工骨がうまく定着することを祈るのみです。