2022年6月18日土曜日

大阪・奈良2泊旅

 数年ぶりに奈良の率川神社の百合祭、三枝祭を見ようと6月15日から17日まで大阪奈良旅行に出かけました。15日は東横イン梅田東泊。梅田といっても南森町にあり天神橋商店街が近くあらゆる飲食店がそろって楽しい街。

16日。神田君を呼び出し心斎橋のビストロ・ダ・アンジュでランチ。赤ワインがおいしい。フレンチで満腹せず、丸福珈琲店でサンドイッチ追加。近鉄で奈良へ。東横イン奈良泊。近畿の高校生陸上大会が開催中でどこのビジネスホテルでも高校生がいっぱい。大阪で買った鯛焼き2つとコンビニ弁当をホテルで食って就寝。寝るまで内館牧子の「もう一度生まれたら」を読む。テレビドラマは原作を大きく膨らませているのが判明。内館センセイ、意外と面白い。

17日。率川神社での三枝祭はコロナのため招待客以外は境内に入れない。あきらめて、というか見ても見なくてもいいので近鉄奈良駅前に戻りバスで唐招提寺へ。

昔1度来たことあり。蓮が開花。続いて薬師寺まで歩いて移動。薬師寺は参拝せず近鉄西ノ京駅へ。ほとんど人のいない京都行きホーム目力がある姿勢のいいおじいさんが薬師寺の坊さんたちと談笑。マスクは着けていてもどこかで見たことのある顔。えっ? かつての総理大臣、細川護煕さん? お付きの人も警備もなくリュックサックを背負って電車の到着を待っている。私はまもなく到着した京都行き急行に乗車、元首相は後続の特急に乗るのだろう、ホームの待合室に入っていくのが急行電車の窓越しに見える。私は大和西大寺で大阪・難波行きに乗り換え。まもなく細川さんを乗せた京都行き特急が入線。ホーム側窓側の席に細川さんが一人座っているのが見える。京都駅で新幹線に乗り換え東京に帰られるのだろう。ネットで調べたら細川さんは絵も描くそうで薬師寺のために大作を残しているらしい。

大阪・千日前到着。またも神田君と丸福珈琲店へ。ハヤシライスセット。歩いて空堀商店街に行き土居昆布店で昆布や佃煮購入。神田君と別れて谷六から地下鉄、新大阪から新幹線ひかりで帰岡。おとなびの指定席は夜9時過ぎのこだまだったが、5時過ぎのひかり自由席に乗る。岡山駅まで無事到着。駅構内の吾妻寿司で「柊」1800円。マンションの猫のお世話。実家着。庭の植物は無事。





2022年6月15日水曜日

泉州水なす

大阪で暮らした約30年のあいだに出会った食材で一番感動したのが「泉州水なす」です。Wikipediaによれば「なにわ伝統野菜第一号」の称号を授与されているとか。関西空港行き電車が岸和田、貝塚、泉佐野あたりを通るとき、車窓から水ナス栽培農家のビニールハウスがよく見えます。水ナスはその名のとおり栽培には土壌中にたっぷり水が含まれていることが必須で、本場の水ナス畑は畝と畝の間の通路が常時水浸しになっています。

2001年に親の介護のために岡山に帰ってきたのですが、意外にもここ岡山でも駅前のデパートの野菜売場で「泉州水なす」をよく見かけます。これを買い求め、家で糠漬けにして食べると絶品! そこで今年は水ナスそのものを家で育ててみることにしました。

4月、たまたま訪れた美星町の「星の郷青空市」の園芸ショップで水ナスの苗を発見し3本購入しました。茎や葉には水ナスの絹肌の実にそぐわないするどいトゲがあり、このトゲこそ本場泉州の水ナスの特徴かと思います。晴天続きの5月中毎日水やりを続けた甲斐があってか、6月になって待望の水ナス第1号が収穫できました。さっそく糠漬けです。例年春と秋の気候のいい時期に糠床を生糠から作るのですが、今年はてっとり早くスーパーで完成品の糠床を購入し、そこに山椒の実や昆布、唐辛子、酒粕、清酒、生糠などをアレンジしました。そしてキュウリやキャベツ、ふつうのナスを何度か漬け、たちまち熟成糠床が完成しました。

収穫直後のツヤツヤ新鮮な水ナスを熟成糠床に漬け込むこと一昼夜、たちまち何ともいえないさっぱりした食感最高の糠漬けができました。アクが少なく生でも食べられる水ナスは浅漬けが一番。鰹節をかけ、しょうゆをちょっと垂らして、炊き立てのご飯に乗せて食べるとほかにおかずは要りません。みずみずしい初夏の食卓です。

梅雨入りして水分をたっぷり含んだ畑ではキュウリ、ナス、インゲン、ズッキーニ、ミニトマトが収穫期を迎えました。美星町特産のかぐわしいベーコンをちょっと炒め、そこに畑でとれたジャガイモ、タマネギ、ズッキーニやインゲンなどを加えて作ったミネストローネもこの季節ならではのフレッシュな一品です。


2022年6月9日木曜日

無言館展

ただいま牛窓にある瀬戸内市立美術館において、“無言館展 戦没画学生 魂のメッセージ”という絵画展が開催中です。第二次世界大戦戦時下、美術学校を卒業した画学生たちが学生時代や戦地で描いた絵画を収集、補修、保存、展示するため、平成9年、長野県上田市に「無言館」という名の美術館がオープンしたとのこと。今回その中から選りすぐりの作品が牛窓にやってきてここ岡山においても静かな感動の輪を広げています。

いただいたパンフレットには「将来への希望に満ちたはずの若者たち。絵筆を銃に変えざるを得なかった画学生」とのキャプションが掲げられています。この若者たちの年齢はちょうど私の両親と同じ大正6年前後の生まれで、大正デモクラシーの中で自由で豊かな教育を受けた世代です。召集された画学生たちは当時の多くの若者同様、北支やフィリピンなど南洋に送られ2度と故郷を見ることなく散っていきました。

展覧会の会場ではいろんな世代の人が熱心に絵に見入っていましたが、とりわけシニア世代の観客にとって戦没画学生は自分の伯父さん、兄弟のように感じられたのでしょう、感極まって目元をぬぐう人も見受けられました。

長野県上田市郊外にあるという「無言館」には現館主の窪島誠一郎氏が遺族の元を尋ね歩き、現在130名、約600点の作品が所蔵され今も収集は続いているそうです。牛窓の会場には絵画作品だけでなく画学生が戦地から故郷の両親に当てた遺書や手紙類も展示されています。国や時代の違いをこえて戦争で一番の犠牲になるのは若者や子どもたちであることは現在も続いているウクライナ戦争をみればよく分かります。

展示された絵画のテーマとして戦争そのものが描かれているわけではなく、むしろ大正生まれの世代のほとばしるような芸術に対する才能と感性の高さを見せつけます。彼らが戦禍に散ることがなかったら戦後の芸術界は様変わりだったのではないかと思いました。

「無言館」館長の窪島さんによる講演会は5月に実施されましたが、満席だったとのことで、美術館によれば再度講演会を行うかもしれないとのことでした。詳しくはホームページに掲載されるようです。(牛窓にて開催中、7月10日まで)