2017年5月17日水曜日

いつの時代も人気者、太宰治

「恥の多い生涯を送って来ました」という読者の気持ちをいきなりぐっとつかむ名せりふで始まる、太宰治の代表作「人間失格」ほど戦後の日本人からこよなく愛されてきた小説はほかにないと思います。
私の誕生と同年同月の19487月に発表されて以来、新潮文庫だけでも累計600万部を超え、2010年には映画が公開され、また繰り返しアニメやコミックにもなり、さらに先日52日発売のビッグコミックオリジナル誌において新連載が始まりました。大変な人気です。
主人公、大庭葉蔵の幼年時代は自意識過剰な性格を隠すために道化を演じ、青年になってからは酒と女とクスリにどっぷり浸かり27歳にしてまさに“廃人”になってしまったというのに、その間ひたすら女性からもてまくる不思議な話です。
葉蔵少年は太宰治その人であることは間違いなく、太宰治は「人間失格」を脱稿して1ヶ月後に愛人と玉川上水で心中してしまうのですが、それがまた若い女性の心をつかみ、毎年サクランボが実るころ(桜桃忌)後追い自殺者が続出するというもてもてぶりです。
私も今では太宰治の大ファンのひとりですが長い間、この東北出身の作家に注目したことは一度もありませんでした。子ども時代に学校で読んだ「走れメロス」のあまりのクサさぶりに、他の傑作におもむく意欲がそがれたからです。しかし、中年もそろそろ終わろうかというころ「人間失格」を初めてまともに読んでびっくり仰天でした。
根暗な中学生の葉蔵が自分の本性を隠すために明るくおどけた振る舞いをしているのを、よりによってクラスでもっとも頭が悪そうで虚弱な竹一という少年に見破られるシーンはこの短編の前半のハイライトです。葉蔵少年の身に起きた不意打ちにはおよばないにしても、誰にとってもその後の自分の運命を暗示するような何ものかにまったく予期しないかたちで出くわし、その恐怖を抱えたまま生涯を送るということはよくあることではないでしょうか。

酒と女とクスリにまつわる不始末しか描かれていない後半を読み終えて不思議となつかしいようなほっとするような印象を持つのは、「人間とはこの程度のものです」と作品のディテール(細部)が読者にやさしく語りかけてくるからだと思います。


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