2012年7月2日月曜日

父との生活(3)学歴コンプレックスの威力


NHKの朝の連続テレビ小説「梅ちゃん先生」。主人公ががんばって医師に育っていく物語は戦後の覇気と元気にあふれています。1日に何度も再放送があるし、録画して父と食事しながら同じ話を繰り返し見ています。

父は毎日のストーリー展開はおろかこれが連続ドラマであることすら理解できていないようなのですが、びっくりするようなことがありました。梅ちゃんが働いている「帝都大学附属病院」の威風堂々とした時計台がしばしば画面に登場します。

時計台の映像を見ながら父が私に「これは早稲田か?」と尋ねるので「一橋大学みたいよ」と答えたら「ふーん」と言っていました。ところがそれから1週間ほど経過したころ、また時計台のシーンがありました。すると父が「この子は一橋の学生か?」と尋ねてくるではありませんか。ちゃんと覚えていたのです。

父は子ども時代勉強がよくできたそうですが、家計の制約から旧制高校、旧制大学へと進学することができず、お金のかからない師範学校へいって教師になり、長い教師生活をまっとうしました。それでも心の底では普通の大学に行けなかったことが94歳の今でもコンプレックスとして父を苛(さいな)んでいるらしく、逆にそこを刺激されるとちゃんと記憶回路が作動するのです。

父が毛嫌いしているデブタレの石塚クンがいます。「あいつはバカか」と石塚クンがテレビに出てくるたびに軽蔑の言葉を吐くので、私がそっと「お父さん、この人、バカみたいに見えるけどどうも東大法学部卒らしいよ」と吹き込んだのです。

それ以来、オーバーオールをだらしなく着、満面の笑みをたたえた石塚クンがテレビに出ると、父は「この男は東大出じゃそうだな」と尊敬のまなざしで私に言うのです。「そんなのウソに決まってんじゃん。お父さんの学歴コンプレックスをからかっただけじゃー」。父は悲しげな顔をしていました。

見当識が混乱したある日、私を父の兄(故人)と思い込んで話しかけてきました。「兄さん、就職したらきっと金は返すからワシを普通の高等学校へ進学させてくれ」。泣けてきました。お父さん、東大なんか行かなくても、あなたは教養も人格も申し分ない尊敬に値する人ですよ!

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