2018年7月5日木曜日

詩人・三原麗珠

日本のワールドカップが終わったとたんあれこれ大学をめぐるスキャンダルがワイドショーをにぎわしていますね。その中で香川大学教授の「趣味はセクハラ」がなぜかNHKまでがニュースでとりあげていてびっくりしました。

私は「香川大学教授」と聞いてすぐ「これはあの三原先生のことではないか?」と思い調べてみたらそうでした。

1994年ごろ、まだインターネットが生まれる直前のころ、すでに世界中の大学はネットで結ばれていて盛んに情報共有、交換、メールのやりとりがなされていました。情報共有は主に「ニュースグループ」というシステムでなされていて、fj.rec.poem などという細かなカテゴリーがたてられ、そこでいろんな議論がなされていました。(建設的な面もありましたが、現在のSNS同様中傷合戦になることが多かったです。しかし現在のように匿名で文句をいいあうのではなく、所属と名前を明示するのが原則でした)

さて、そんな掲示板にアメリカから非常にインパクトのある詩を黙々と投稿する人がいました。ミネソタ大学、三原霊珠というペンネームのような名前をもった留学生。彼の詩は難解すぎたせいか、ニュースグループの読者のだれも意見を言うことも批評することもできませんでしたが、私はファンレターを送ったことがあります。
「現代詩がお好きなら、私の詩などではなく田村隆一をお薦めします」というお返事をいただきました。私は「田村隆一などあなたの詩に比べると全然魅力を感じません」などと送り返しました。

三原さんはその後、香川大学に就職したと聞きました。正直なぜそんな地方の大学に?と思いましたが、大学の教員になってからは詩作は中断し、経済学者の道を歩まれたようです。お会いしたことはありません。理論経済学者が経済学部でなく図書館所属になっていることから、三原さんが学内でもかなりユニークで孤立していたことがうかがえます。

三原さんの詩は出版されておらずホームページに掲載されています。
「白い乾いた犬」
https://reijum.web.fc2.com/poetry/poetry.html#hakaba

現代詩と散文の関係について述べている「傾向的な夜」を以下引用します。25,6歳ごろの作品だと思います。私がいちばん好きなタイトルの詩です。

(教員名のときは「麗珠で、詩人のときは「霊珠」なのかもしれない)

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傾向的な夜

三原靈珠



眠れぬ夜は もの思いにふけっていて
思いだせない
ほど昔のことですが
古典の時間 それはオナニーを
してたと
いうことですかと質問したら
現代国語の先生 ああ忘れちゃった
おまえ 女の子のくせに
級友たち
じゃなくてひとりが言ってくれた……
先生 現代国語なら
伊藤比呂美
知らないのかなと言おうとおもったけれど
それ以来現国の
独身の演劇なんか好きな教師に
特別な
かかわりの強い視線で
見られ始めちゃった気も
しましたが
やっぱ
何にもなくて私は
正しい生徒で卒業したのです

「詠む」と書けば
詩歌をうたう
私の場合 思いにふけるは
誰も詩歌なんかうたわないから
うたうものではないから
私の場合もの
思いにふけるは
頭のなかで詩が溢れる

眠れぬ夜は詩が溢れる

たとえば今朝の実証では
1950 つまり
19時50分に床に就き Tatjana Sergejewa
など 聞きながら離れた場所に眠気とともに移りたい
と思いつつ場所を引きよせようとしたのだけれど
メビウスの環 悲しい
歴史のなかの女性
そして この不思議な暗さはとても不安
図形や映像で想像するのが普通で
底を流れるこの不安な響き
チューリングマシンは超えているはずなのに
いつか もの思いは
言葉でなされている
シーツを引きよせて
眠れない2200
トイレに行く
言語では情報処理効率低いから
CD みたいにメガバイト使ってしまうのに
詩人のように
する
言葉をレーザープリンタ用の紙に置いて
ベッドに再び落ちる

それでも
夢幻列の想像力は収束を許さず
いつか拡散のはて
私は0045起きる

マックを起こしキーボードに日本語を
打ちこんでいく

演劇の脚本 書いてたくらいのひとなら
わかりそうなもの
これらのことば 詩か?
なんて

詩は詩を離れるベクトルなのです
離れていく方向なのです
これらは散文に
近いから
詩の
テーマを避けているから
詩です

と偉そうなことを書いてさらに
つけくわえる
簡単に書けると思うなら
やってみてください
すると
簡単に書けてしまうひとがいたりするから
詩人つまり
失業者の私は
両肩の距離が小さくなるのである
才能あるひとは除外します

そして詩語は使わない それは常識
でも本当に普通の言葉で書くなんて無理と
いうもの
私はこんなに普通で書くから
方向はいいのだけど
どうでしょう

こだわってるんじゃなくて
散文のように書くことに
信条なんかじゃなくて
たまたま
傾向なのです 私のと
いうよりは
現代詩の
傾向だから たまたま
それが
やりやすくて
のっているのです 先生
行分けはするけど それは
夜は早さが欲しいから


(May 3, 1994)

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